海の底、森の奥

EXO、東方神起に関する小説など書いています。
お友達を作れたりしたらなあと思っています。
どうぞよろしくお願いします。

人さらいの条件 29

ギョンスが自室のドアを開けると、カイがひとりでベッドに腰掛けていた。

やっと、仕事がひと段落したギョンスは、怒涛のスケジュールをなんとか乗り切った解放感と充実感、なにより疲労感に満たされて、よろよろとここまでを歩いて来た。

振り向いたカイと目が合う。

「…ただいま」

小さく、帰宅を告げる。

「おかえり」

そう答えると、カイは向こうを向いた体に頭も合わせ、俯いた。

綺麗に切り揃えられた襟足と、うなじのくぼみ、完璧なラインを描く、両方に張った肩甲骨。

ギョンスはショルダーバッグを下ろしながら、この絵に描いたような美しい体と、それを自在に操る高い能力を備えた男が、叶わぬ恋に身を焦がしていることを、その恋の相手として、息ができぬ感じがするほど、苦しい、と思った。馬鹿が、と、カイを優しく、心の内で罵倒した。

ここで部屋着に着替えてしまいたかったが、カイの前でそういう生殺しのような振る舞いをするのははばかられた。

脱衣所で着替えるため、服を持って部屋を出ようとしたとき。

「……ミンソク兄さん、いたでしょ」

背中に声が、やって来る。

顔を声の方に向ける。

雑誌にでも載っていそうなカイ独特の魅力を持ったポーズで、こちらを肩から振り向いているのを、ギョンスは見る。

今日、常よりずっと早い時間に体が自由だというのに、こんな切羽詰まったような、すねたような顔をして、ひとり部屋にこもっている弟に深い憐憫を感じながら、ギョンスは返事を返す。

「…ああ。今ちょっと話したよ」

「そう。……キッチンの方、戻んの」

「ちょっと何か飲みたいから」

「そう。………そのあと、こっち、来る?」

「……うん。疲れたから、寝るよ」

「じゃあそのとき、……こないだ、した、約束のこと」

指先がぴく、と反応する。

ほのかに慈愛の笑みすら浮かべていた口元が、引きつるような気がした。

「………分かった」

「…………もう、…………終わりにするから」

目が勝手に大きく見開かれる。さまざまな感情が溶け合い、ギョンスの中をスローモーションの大きな波となって襲う。聞き間違いではないか。

伏し目で、その性的な唇の上下を動かし、カイはギョンスの念願を告げる。

「兄さんに何か頼むの、………やめにするから」

「…………本気か?」

言葉を、絞り出す。

うん、とカイは、かすかに頷く。

目の前で繰り広げられた光景と会話に恍惚としながら、ギョンスは笑みが溢れそうになるのをこらえる。心臓が高鳴っていた。

「……分かった。じゃあ、お茶でも飲んだら、戻るよ」

自分が心底喜んでいることをカイに知られたくなかった。

気が変わることを恐れもし、また、傷付けるのも嫌だった。

少し落ち着くためにも、早く何か飲み、腰を下ろしたかった。

急かしたら駄目だ。

きっちり、本当に、終わりにさせないと。

「………待ってる」

再び、カイは彫刻のような背中を見せ、手元に頭を落とした。

その姿を見届けると、はやる心を抑え、ギョンスはドアをそっと開いた。

叫び出したいような、泣きたいような、気分だった。

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