海の底、森の奥

EXO、東方神起に関する小説など書いています。
お友達を作れたりしたらなあと思っています。
どうぞよろしくお願いします。

俯瞰の角度 番外編 【コミュニケーション】

ふんふん、と、頭の匂いを嗅がれた。

それに気付いたベッキョンは、相手が誰だか予測して振り向いた。

思った通りだった。

「…イーシン兄さん」

ふにゃふにゃとした笑顔のレイが数センチの距離を置いて、ベッキョンの真後ろに立っていた。

ここはキッチンで、今は朝だった。

ベッキョンはシンクに食べ終わった食器を置き、これから洗おうというところだった。

対してレイは、シャワーから出たばかりのようで、シャンプーや石鹸の香りをまとい、髪はまだ濡れ、上はタンクトップ1枚だ。

そういうグラビアみたいだな、ベッキョンは思う。

鼻の先で風呂上がりの芳香を漂わせ、甘い微笑みを浮かべたレイは、女のひとつの夢のかたちを全身で体現しているようだった。

「なに?」

しびれを切らし、ただ自分の背後に突っ立っているレイにベッキョンは問うた。かろうじて曖昧な笑みは浮かべて。

「なんでもないよ」

微笑みと同じ、ふにゃふにゃとしたハングルでレイは答える。

そして、横の冷蔵庫の前へ体をずらした。

ベッキョンは振り向いたまま、レイがミネラルウォーターを取り出し、食器棚からグラスを取って、中身をつごうとしているようすを見つめた。

「……頭、嗅いだ?」

まだ声には笑いがこもっていた。それと戸惑いが。

コポポポポポポ。満たされる杯。手元を見下ろす意味不明なレイの笑顔。

「嗅いだよー」

「…なんで?………臭った?」

「ううんー。いい匂い」

くるくると蓋を回して、レイは冷蔵庫にペットボトルを戻した。

ベッキョンは困惑を隠さず、しかしとりあえずやるべきことをやろうと流しに向き直って蛇口をひねった。

ごくごくと喉の奥に水を流し込みながら、レイはベッキョンから目を離さなかった。ベッキョンはそれを当然、感じていた。

ここ最近、レイはちょいちょいベッキョンにちょっかいを出した。

今まで自分に対しそういった行動をプライベートでも公でもあまりしてこなかったレイであるため、ベッキョンは意味が分からずどう対応していいか計り兼ねていた。

突然鼻をつままれたり、脇をくすぐられたり、尻を強く掴まれたり、耳に息を吹きかけられたり、頬にキスをされたり、した。

そのたびベッキョンはもれなくびっくりし、小さい目を見開いてレイの思惑の伺えない顔と顔を突き合わせ、わずかに口をぱくぱくして、

「やめてよ」

と、笑いも交え、しかし子供のように、言った。

先程のように、「なに?」と尋ねても、まともな答えが返ってきたことは皆無だった。

そしてベッキョンも、きちんと答えを返して欲しいかというとそんなことはないように思った。なんとなく怖いような、変な気持ちになった。そしてその恐怖に近い心地というのがなにによるものなのか、ベッキョンはぼんやりと分かるような気がしてしまうところがまた、いやだった。だから、考えないことにした。

今も、皿を洗うことと、今日の仕事のことに意識を集中し出していた。

ぎし、と床が鳴った。

レコーディングの注意点を反芻していたベッキョンは、ふっと横を見た。

レイの顔だった。

「…い」

ぷちゅ、と唇になにかが当たった。

目の前にはレイの目しかなかった。

お互いがお互いの目を見た。

その目がさっと遠くなる。

顔の全体が視界に入った。

ざー。

湯は出っぱなしだ。

ベッキョンはプレートを持ったまま、残ったグラスの水を飲み干すレイを、口を開けてじっと見た。

「………なに?」

また、同じ質問をベッキョンは繰り返す。

唇を解放し、はあ、と嘆息したレイは、きょとんとして、応じる。

「なんでもないよ?」

そして背を向け、キッチンを去りながら、チャニョル、おはよー、とふにゃふにゃ声を掛けている。

水道は開いたまま、ベッキョンの後ろで、止められるのを待っている。





おわり

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