海の底、森の奥

EXO、東方神起に関する小説など書いています。
お友達を作れたりしたらなあと思っています。
どうぞよろしくお願いします。

心中の道連れ 19

もう、待っていられない。

CMを見てから、熱に浮かされたようになった俺は、仕事をこなし、それでも時間が遅々として進まぬことに必死で耐えた。

どんなに遅くなっても今日は、必ず帰って、会う。

そう決めていた。

演じていたあの若い女優の、そのもともとの薄い顔立ちがベッキョンと重なり、表情が示すひとつのことを俺に熱心に伝えてくるばかりだった。

待てない。

そしてやはり深夜になった帰宅で、そこのみにかろうじて灯された灯りを頼りに、俺はマネージャーと我が家のリビングに辿り着いた。

マネージャーは疲れ切っており、いつもどおり洗面所に向かってそのままベッドへ直行するようすだった。

機械的に就寝の挨拶を交わすと、俺は上着や鞄をソファに置き、冷蔵庫からボトルを取り出し水を一杯飲み干した。

耳をすませ、物音が完全にしなくなるまでそのままじっとしていた。

静寂が夜を包んだ。

黒い、黒い夜だった。

自分がそのなかに取り込まれてしまいそうな、夜だった。

今の俺はまっくろだ。

ひとりの人間に完全に支配され、目的を果たすまでどうにもならない。生きているとは言えない。

寄り掛かったシンクから腰を上げ、勢いよく、しかし慎重に歩き出す。

リビングから、それぞれの部屋へ続く廊下に出るドアを、開けた。



誰かが帰って来たのは分かっていた。

ベッドに横たわったまま、眠れず、寝返りを打ってはぐったりしていた。

遠くで玄関のドアが閉まったらしい音や、洗面の水を流す音などが聞こえ、俺は体を緊張させた。

ギョンスかもしれない、と思った。

勘と言えば勘で、希望と言えば希望だった。

あのCMを見てから、ギョンスの声と顔が離れることなく身内にあった。なすすべなく、それらが体を侵食するに任せていた。

携帯で連絡しようか、とも考えた。

でも、なんと言っていいか、分からなかった。

CM見たか?と打って、消した。

携帯でどうにかなる話なんかでないのだけはよく分かっていた。

なんとか今の状況を打破したいという強い意識だけが俺を覆った。

でないとどうにかなってしまう。

自分で自分を持て余すことがこんなにも辛いなんて、知らなかった。

きい。

目を閉じていた俺は、空耳かと思ったが、反射的に瞼を上げた。

ドアの音に、違いなかった。

体重をかけないよう歩く足音が、どんどん近付いてくるのが聞こえる。

心臓が破れそうな音を立てて、その忍び足の愉悦を消しにかかる。

ベッドの足元を回って、俺の体にそっと屈み込む影が見えた。

「ベッキョン」

声。

囁かれた、俺にのみ聞かせようとする、ぎりぎり声になった、声。

爪先からつむじまで電気が走り、俺はその影の中の瞳を探す。

「……ギョンス?」

見えた。

目の前に、今日ずっとともにいたその顔が、実在した。ぎらり、と目はかすかな光を捉えるのを忘れなかった。

ぐ、と布団からはみ出た腕を掴まれ、デジャヴが襲う。溺れる。

「…来いよ」

俺が昼間思ったことが、聞こえていたんだろうか?

そう訝しむような愚かしさを顔に出したままだろう俺を、ギョンスは安全な寝床から、有無を言わさず引っ張り出した。

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