海の底、森の奥

EXO、東方神起に関する小説など書いています。
お友達を作れたりしたらなあと思っています。
どうぞよろしくお願いします。

人さらいの条件

初めはふたりきりでの食事だった。

誕生日当日に皆に盛大に祝われる前に、ふたりでどこかに食べに行きたいとカイは言った。

心持ち前屈みになり、覗き込むように自分に尋ねるカイのようすがいつもよりずっと殊勝げで、ギョンスは思わず微笑んだ。

いいよ。どこ行きたい?

そう言われたカイは本当に嬉しそうな、照れ臭そうな顔をした。ギョンスはそんな弟分を見、自分も思いの外心が温まるのを感じた。

じゃあ、前、兄さんがうまいって言ってたチゲの店。

約束は交わされた。

ギョンスはなぜカイがそんなことを言い出したのかにほとんど疑問を感じなかった。たまたま近くにいた自分に思いつきで甘えてみただけだろうと考えた。それに、そんな甘え方もたまには悪くない、と、そのときギョンスは思ったのだ。承諾したときのカイの表情は、そう思わせるに充分だった。

向かい合ってチゲをすすりながら、ふたりは無言だった。

個室の中、濃厚で芳醇な食事の匂いを吸い込み、心身ともに温まる誕生会のはずが、カイは暗いと言ってもいいほど言葉数は少なく、表情も乏しかった。よそよそしいというのが一番ぴったりくるようすだった。キャップを被ったままであるため、俯いて食事を続けるカイの目元はほぼ完全に見えなかった。ギョンスは当然ながら当惑した。具合が悪いのかとすら思った。

「……ジョンイン?」

キャップの下から目の一部が見えた。返事をせず、ギョンスの言葉の続きを待っている。

「誕生日、おめでとう」

カイの目のかけらは揺れたように見えた。視線を外さず、ギョンスは反応を期待した。

「…………ありがと」

消え入るような声で呟くと、箸の先の白米に目線を落とす。

おかしな箸使いで白飯をつつくカイを見て、ギョンスは嘆息する。

ギョンスは箸を置き、真っ黒なリュックサックを引き寄せ、中を漁った。大きな包みが現れた。がさ、がさ、という音に、カイがこちらを向いたのがギョンスは見ずとも分かった。もう少し後で渡そうと思っていたのだが、話のきっかけを求めてギョンスはカイにそのきれいな包みを差し出した。ギョンスらしいさり気ない包装のプレゼント。カイは片手で受け取る。

「大したもんじゃないけど」

カイが指で紙を挟む、がさ、という音が鳴る。

「……ありがと……」

両手で大きな直方体を持ち、カイはじっと手元を見つめている。キャップに隠れ、ギョンスからはその表情は伺えなかった。

「…開けてみれば?」

「……ここで開けると……汚すと悪いから、帰ってから、開ける」

そう言って自分の隣の椅子の上に箱を置く。ギョンスは拍子抜けする思いだった。

「………どうした?」

「…何?」

「なんか……あったのか?」

スプーンでチゲの中身を掻き回していたカイが、手を止めた。

「具合悪いわけじゃないんだろ?」

ギョンスにキャップのツバを向けたまま、首を横に振るカイを見て、ギョンスは動悸が高まり始めるのを感じる。

「……悩みでもあるのか?」

さまざまな考えが脳内に浮かんでは消え、ギョンスは不安が足から登ってくるのを底冷えとともに迎えた。辛く、熱いチゲが助けてはくれなかった。

「俺に……何か……できることあるか?」

カイはようやく顔を上げた。その目は心持ち睨んでいるようだとギョンスは思った。困惑は深まるばかりで、ギョンスは続ける言葉を失った。

「できること?」

今日、初めてはっきりとした発音でカイは言った。

「……ああ……」

ぼんやりした表情で開いた口からそのまま肯定を伝える。

カイは再び視線を外し、置いてある紙の包みの折り目を、人差し指で弾いた。

「…………じゃあ………俺の………頼みを、…聞いてほしい」

ぱし、ぱし、と弾く指。

「この………プレゼント……返すから………代わりに」

ギョンスはカイの人差し指とプレゼントの喧嘩を見ていた。言葉が勝手に耳に流れ込んでくる。

「代わりに………」

わずかに黒い肌の上の肉感的な唇が一度閉じ、唾を飲み込む音がする。斜になったカイの顔をギョンスは見た。

「代わりに、兄さんの、………兄さんの、体に、触っても、いい?」

途切れ途切れの言葉はギョンスの頭にセンテンスとしてすぐには刻まれなかった。ただかすかに震えているように見えるカイの輪郭を凝視して黙していた。笑いやサプライズを待ってしまった。

だが、そんな類のことではないと、ギョンスには本当は分かっていた。

こんなようすのカイを見た覚えはなかった。ステージ上で体のすべてを用いセックスをアピールしているダンサーは、普段、大きな子供と言ってよかった。そのギャップはメンバーであっても不思議に感じるほどで、踊り始めた彼の姿はまさに豹変という言葉が相応しかった。だが。今目の前に座る彼はそのどちらとも違った。借りてきた猫のようにおとなしく、切れ長の目だけが熱に浮かされたように水分を溜めている。

ギョンスは何か言おうと口を開いた。喉が渇いて掠れた音だけが出た。構わず無理矢理に言った。

「…触る?」

カイは片手で顔を覆うようにした。くぐもった声がその手越しに聞こえる。

「…………触る…だけ。……少しだけで、いいし、変な風には、触んない…から」

先程思案中に少し収まっていた動悸が再び、更に強くなって戻って来た。

長い指と指の間から、充血したカイの目が見える。

ギョンスは唇に隙間を作り、今日言うはずだった言葉を反芻した。

“新しい練習着、気に入るといいんだけど”

“こういうのはいくらあってもいいだろ?”

“怪我はしないようにな”

しかしまだ、銀色の包装紙は美しく箱を包んだままだ。

あんなに熱かったチゲも、だいぶ冷めたに違いない。

どうやったらこの約束の前に戻れるのだろう、とカイのキャップのロゴを見つめギョンスは考える。だが、決して戻れはしないと、よく分かっていた。

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